はじめに
リハビリテーションや運動指導で患者やクライアントに自宅でのエクササイズプログラム (HEP:Home exercise program) を提供することは、患者やクライアントの症状や成果を導くためにとても重要な方法手段の1つです。[1]
実際に患者やクライアントが自宅でのエクササイズプログラムを理解して取り組んだ場合、目標達成が早く、身体機能の改善が期待できます。
しかし、首や肩、膝の痛みなどの整形外科疾患患者では、自宅での運動プログラムの不遵守は 50 ~ 65% にもなることが示されています。[2] また、腰痛患者を集めた研究では、自宅でのエクササイズプログラムを遵守していない人が 50~70% 上回ることが示されています。[3]
このように、リハビリテーションで処方した自宅エクササイズプログラム遵守できていないことが障壁となっています。
現状の課題を踏まえ、トレーナーやセラピストは単純に自宅エクササイズプログラムを処方するのではなく、患者の動機を高め、自宅エクササイズの参加を促すための工夫が必要です。
この記事では、自宅エクササイズを患者やクライアントに上手く処方するためのヒントについて内容を整理してご紹介していきます。
この内容をもっと詳しく学びたい方はオンラインプログラムに参加してください。
専門的用語の理解:指示に従う「コンプライアンス」と相互理解の「アドヒアランス」
少し、専門的な用語になりますが自宅でのエクササイズプログラムを患者やクライアントに処方する上で必要不可欠となる「コンプライアンス」と「アドヒアランス」についての用語について説明していきたいと思います。
「コンプライアンス」と「アドヒアランス」は、どちらも医療分野で用いられる用語で同じような状況で用いることが多いですが、意味合いが異なります。
コンプライアンス(Compliance)とは、患者が医療提供者の指示に従うことを指します。この用語は「服従(ふくじゅう)」と訳され、患者が医師の処方や治療計画をどの程度守っているか、つまり医師の指示に「従っているか」に焦点を当てた受動的な健康行動を意味します。
一方、アドヒアランス(Adherence)とは患者と医療提供者が協力して治療計画に「共同で取り組む」関係指します。この用語は「遵守(じゅんしゅ)」とも訳され、患者が自らの健康状態を管理し、医療従事者からの説明を理解し健康行動を継続的に実行することを指します。つまり、医師と患者との相互理解を示し、能動的な健康行動を意味します。
このように「コンプライアンス」は医療従事者から患者への一方的な指導関係であるのに対し、「アドヒアランス」は医療従事者と患者の相互理解を基にした関係を示しています。[4]
近年、医療現場においてはコンプライアンスよりもアドヒアランスの概念の方がより現代的で患者中心のケアとして推奨されています。
患者中心のケア(Patient-centered Care)とは患者の価値観やニーズ、好みを尊重する医療アプローチのことを指します。このアプローチでは患者自身が積極的に治療に参加することを目指しており、患者満足度の向上、推奨されたライフスタイルの変更や処方された治療の遵守率の向上、より良い治療結果、より費用対効果の高いケアと関連しているといわれています。[5]
自宅でのエクササイズプログラムを処方する場合、これらの2つに影響を与える要素について理解する必要があります。
コンプライアンスとアドヒアランスに影響を与える要素
コンプライアンスに影響を与える要素として、エクササイズの指示の複雑さや種目数の多さ、または高齢者などで服従率に影響を与える要素とされています。[6]
一方、アドヒアランスに影響を与える要素として患者やクライアントの忙しさや痛みや誤った信念が強い場合、また自己効力感が低いなどの場合は尊守率が低下するとされています。[7](図1)
このように2つの要素を理解しながらどのようにして自宅でのエクササイズプログラムを取り組んでもらえるかについて工夫する必要があります。
病院や治療院で処方する運動療法と自宅エクササイズを区別することが遵守率を向上させるポイント
自宅でのエクササイズプログラムの尊守率を向上するためには、病院や治療院でおこなう運動療法の処方と自宅エクササイズプログラムとして処方する方法を区別して提案することが重要です。(図2)
ここからは、それぞれの状況に応じて自宅エクササイズの遵守率を向上させるためのヒントについてご紹介していきたいと思います。
病院や治療院でおこなう運動療法の処方ですべきこと
エクササイズの目的と方法を理解する
自宅でのエクササイズプログラムを促すために一番大切なことは「そのエクササイズの目的を理解してもらうこと」です。
そのためトレーナーやセラピストは処方するエクササイズの目的やそのエクササイズを処方するに至った経緯について相手に明確に説明し、伝えることが必要です。(図3)
ただ単に「このエクササイズを紹介します!」や「このエクササイズを自宅でもやってみてください!」だけでは患者やクライアントに響くことができません。そして、それが相手にとって利益をもたらすものであるかどうかを理解することができなければ処方したエクサイズを行動に落とし込むこともできません。
まずは、自宅でのエクササイズプログラムを処方する前にその処方するエクササイズの必要性について伝えましょう。
エクササイズの反応を確認する
自宅でのエクササイズプログラム処方につなげていくためには病院や治療院などの治療介入時に処方した治療手技や運動療法が患者やクライアントにとって正しい反応(その介入によって症状が改善するなどの効果検証)が得られていることが前提です。
そのためには評価(問題点はどこか)→治療介入(その問題を解決するために最適な方法は何か)→再評価(選択した手段によってその問題が解決されたかどうか)を確認する必要があります。(図4)
正しい反応を得るためには、適切な判断で導く評価が必要不可欠です。
処方したエクササイズが相手にとって、たまたま効果があったとしても、なぜそのエクササイズが効果があったのか?が分からなければ、エクササイズの必要性を十分相手に伝えることができません。
このように一連のプロセスを重ね、その経緯を説明しながら治療介入をおこなうことで治療の方向性や現状の問題点を明確にするだけではなく、積極的な参加を促すことができます。
エクササイズに対する意欲を高める
エクササイズの必要性を相手に伝えたり、処方するに至った運動療法(処方するエクササイズ)の経緯について相手に理解してもらう重要性については前述した通りです。
しかし、いくらその必要性について理解を深めることができたとしても実際の行動として落とし込むことができなければ自宅でのエクササイズの遵守率は向上することはありません。
そこで重要となるのが「どのように患者やクライアントの意欲を高められるか」ということです。
相手の意欲を高めるためにはポジティブな反応を引き出す要因とネガティブな反応を引き出す要素について理解する必要があります。(図5)
とくに運動療法を処方する場合、正しい反応を導くためにできていないことを指摘してしまう傾向に陥ります。
しかし、相手にとって指摘ばかり受けることで「自分は上手くできない」という負の印象を与え、エクササイズへの主体性を阻害する要因になります。
そのため、エクササイズの目的や利点、正のフィードバックを与え、エクササイズを行うことによる恩恵を相手に与えることが必要です。
自己効力感を高める(成功体験や自信)
自宅でのエクササイズプログラムを実践し、患者のアドヒアランスを高めるためには自己効力感(セルフ・エフィカシー)を高めることが重要とされています。
自己効力感(self-efficacy)とは、自分が目標を達成する能力を持っているという自信や信念のことを指します。これは、自分がある状況で必要な行動をうまく遂行できると自己認識することを意味します。同じような言葉で「自己肯定感(self-esteem)」という言葉がありますが、自己肯定感は自己信頼や自尊心の信念に関連することに対して自己効力感は特定の課題や目標を達成するための信念に関連しています。
自己効力感には大きく4つの項目があり、これらが達成することで自己効力感は高まるとされています。[8] (図7)
治療介入として運動療法を処方する場合、このような経験や体験を導くことで患者やクライアントの自己効力感を導き、エクササイズの遵守率を向上させることができます。
自宅エクササイズとして処方ですべきこと
時間効率の良い2〜3種目を提案する
自宅でのエクササイズプログラムを提案する上で大切なことはシンプルで実施しやすい種目を選択するということです。
自宅でのエクササイズ処方に関する研究によると2つのエクササイズを処方された被験者は、8つのエクササイズを処方された被験者よりも遵守率が高く、4つ以上のエクササイズを処方された被験者は、2つ以下のエクササイズを処方された被験者よりも遵守率が低かったという報告があります。[9]
そのため、自宅でのエクササイズプログラムを処方する場合、多くても2〜3種目程度に留めることがポイントです。
さらに、患者やクライアントにとって「これなら自宅でも出来そう」と感じてもらえるかどうかもエクササイズの遵守率を高めるために重要です。
以上の点を踏まえて、手軽さ、手順の簡便さ、環境設定の容易さなどを考慮しながら自宅でできるエクササイズプログラムを提案することが鍵になります。(図8)
例えば、デスクワークで首や肩のこりがある患者やクライアントに対しては、ベッドに仰向けになる動作や立った状態でのエクササイズよりも、座ったままできるエクササイズプログラムを処方する方が、実施しやすくエクサイズの遵守率が向上します。
また、道具を使ってあらかじめ準備をしないといけないエクササイズよりも、机や椅子、壁など、自宅で利用可能な環境を活かした配慮をエクササイズ種目に反映させることでエクササイズの手軽さや実施しやすさの難易度を適切に保つことができます。
シンプルで実施しやすい種目を選択する
自宅でのエクササイズプログラムを処方するために最も重要なことは患者やクライアント自身が「これなら自宅でもできるかも!」と感じてもらえるように仕掛けることです。
子どもに「勉強をしなさい!」と叱っても勉強してくれないように、患者教育と思って自宅でのエクササイズプログラムを実施するように促したところで遵守率は向上しません。
重要なのは作り込んだ自宅でのエクササイズメニューの資料を渡すことや、患者教育ではなく「これだったら家でもやってみよう」と感じてもらえるように仕掛けることです。(図9)
そのためには、実施するエクササイズの手軽さや注意点の少なさ、または運動スペースの環境設定(家でもできるような配慮)を工夫して処方することが重要なポイントになります。
トレーナーやセラピストにとって患者やクライアントがエクササイズを自宅でもやってもらえるということは理想的ですが、まずは相手が「やってみよう!」と積極的になってくれる姿勢を見せてくれるように思わせることが大切です。
実施可能なエクササイズの選択肢を与える
人は指示されるよりも自分の判断で選択し決断したほうが価値が高く、行動に繋がりやすいと言われています。
そのため、エクササイズ処方では言われたことをちゃんと守る自主性を持たせることよりも、自らの頭で考えて行動する主体性を持たせることのほうがが重要です。(図10)
主体性を持たせる簡単な方法は、自宅でのエクササイズ提案時に「これをやってきてきてください」と指示するのではなく、「2つの方法を紹介しますが、どちらのほうがやりやすいですか?」と相手に対してエクササイズの選択肢を与えた提案を行うようにすることです。
このような選択肢の中からどちらかを選んでもらうことで、自分自身の行動に責任を持って取り組んでもらい、積極的な参加を促すように働きがけることができます。
実施可能なエクササイズツールの使用/提案
自宅でのエクササイズツールはタオルや椅子など自宅にあるものを中心に行うことが基本条件です。
しかし、エクササイズツールを活用した運動療法によって改善効果が認められたり、患者のエクササイズへの積極性が高まれば、患者の可能な範囲でエクササイズツールを揃えてもらうことで患者の主体性を向上させることが期待できます。(図11)
トレーニングマシンなどは場所もコストもかかるため、どんなに主体性を高めることができても提案することは難しいかもしれませんが、フォームローラーやテニスボール、レジスタンスバンド(エクササイズチューブ)などは比較的コストも掛からず、場所も取らないため、このようなツールを購入してもらうことで自宅でのエクササイズのモチベーションを高めることができます。
さいごに
この記事では、自宅でのエクササイズプログラムを効果的に患者やクライアントに処方するための重要なポイントについて紹介しました。
病院や治療院でのエクササイズ処方と自宅でのエクササイズ処方の違いに焦点を当て、どのようにして自宅でのエクササイズを効果的に行うかについて解説しました。
患者が自宅でのエクササイズプログラムを守るためには、単に教育するだけでなく、患者のコンプライアンス(治療遵守)やアドヒアランス(継続的な取り組み)に影響を与える要素を理解し、個々の患者のニーズに合わせた提案を行うことが重要です。
この記事の内容に関して、さらに深く学びたい方は、こちらのオンラインプログラムに参加ください。
参照
注:Webサイト)日本ジェネリック製薬協会,知っ得!豆知識 アドヒアランス,2017.12.1
Reynolds A. Patient-centered Care. Radiol Technol. 2009 Nov-Dec;81(2):133-47.
Kristin D Henry, Cherie Rosemond, Lynn B Eckert, Effect of Number of Home Exercises on Compliance and Performance in Adults Over 65 Years of Age, Physical Therapy, Volume 79, Issue 3, 1 March 1999, Pages 270–277,
Comments